向いてないけど、母になりました。

ことごとく育児に向いてない30代女の日々奮闘記

「PLAN75」から見る綺麗事を徹底的に抜いた世界

こんにちはしらすです。

今日はアマプラで見た映画の話から「嫌いなもの」の話をしようかなと思います。

 

「PLAN75」を観た

公開CMの時点で絶対観よう!と思ってたのですがなかなかタイミングがなく、

気付いたらアマプラに配信が上がっていたので鑑賞しました。

倍賞千恵子さん主演の「PLAN75」

www.youtube.com

ストーリーを簡単に言うと75歳以上に安楽死が認められる制度が導入された近未来の日本の話です。

youtubeのコメントにもあったんですがまさに「お年寄りの気持ちになって考えてみましょう」を2時間まざまざと見せつけられるような映画でした。

 

話は最初から最後までホンットーに暗いです(笑)

気分が落ちてるときに観るのは絶対お勧めできません!

起承転結の抑揚もなく、細かな動作や言動から物語を読み取る説明も少ない映画です。

映画というよりドキュメンタリーに近く、リアリティも抜群で延々と現実を見せつけられるような内容。

その分、役者の方々の演技はとても素晴らしく本当にドキュメンタリーを見てるような気分になりました。

まさに私の好きな映画の類です。

 

映画の感想

※あまりネタバレ含まないように書きました。

映画の内容からお年寄りが多く出てきますが、映像の加工なのかお年寄りたちの皺の描写などがかなりリアルで「歳をとるということ」についてグッと考えさせられます。

出稼ぎ外国人の介護士なども出てきて、その点も現代の日本社会を彷彿とさせます。

今コンビニとか行っても外国人ばっかりだもんね。少子高齢化を実感します。

また高齢者の雇用問題や相模原連続殺人事件をイメージさせる描写も出てきます。

とーってもシビア。

PLAN75の制度自体はフィクションなこともあって穴も多く、現実の日本での制度化は難しそうに感じますが

「もし自分が75歳のときにこの制度が導入されたらどう思うか」

自分問題として捉えるには十分なほどのリアリティで考えさせられました。

 

また映画を観てみてお年寄りたちの中でも色々分岐点があるように感じました。

結婚した者、しなかった者。子供がいる者、いない者。孫がいる者、いない者。

家族がいても身寄りのない人も登場しますが、家族の有無が大きな分かれ道となるような描写もあり

本当現実的で申し訳ないけど「私自身が子供を作ろうと思った意味」がより強く実感させられたテーマでもあったなと思います。

 

まだアマプラで配信されてると思うのでご興味ある方は是非!

(かなり暗い気持ちになると思うので観終わったら動物番組とか観るといいかも😂笑)

 

好きな映画の話

かくいう私、こういった現実に目を向けてる映画が大好きです。

そもそも映画に求めてるものが「興奮」でも「感動」でもなく「リアリティ」のただ一点。

なので洋画はほぼ一切観ないです。身近に感じられるのが日本の物語なので邦画しか観ない。

次の段落で語ろうかなと思ってるんですが、とにかくまぁ「綺麗事」というものが嫌いで。

綺麗事を排除したような構成になってる映画はとても好きです。

この「PLAN75」のようにまるで電車に乗ったとき、たまたま隣に座った人の人生を追いかけてるようなそんなリアリティのある構成に惹かれがち。

よく「登場人物のゴミ箱の中身まで想像できるような映画が好み」って言ってます。伝わるかわからんが(笑)

人間の奥底に眠る汚い本音が表に出てるような作品は尚好きです。

「人は皆等しく平等」みたいな幻想をハンマーでぶち壊してくれる感覚が観てて清々しいんですよね。

「だよね」ってなれるというか。

「やっぱそうだよね」っていう本音の答え合わせができる感覚。

 

メディアにも世間にも「綺麗事」が蔓延ってるから、逆に虚構の映画の中くらい綺麗事を全て取っ払った「ありのままの人間」を映し出して欲しい。

欲に忠実な人間の姿を見るのが好きなんですよね。

鑑賞後レビューを見てその登場人物の人間性やテーマについて皆があーだこーだ本音で議論してる様まで観るのがセットで好き。

多分自分が人に気を遣ったり、取り繕ったり、場の空気に合わせて良いことを言うのが苦手だし嫌いなので

そうじゃない人が自分の他にもいるんだ、って映画を観て安心したいっていうのが1番の理由な気がしてます。理由がエゴい(笑)

 

他の好きな映画も何作かあげちゃおう。

映画『桐島、部活やめるってよ』予告編 - YouTube(学校のスクールカースト描写がリアルでえぐくて好き)

松岡茉優が歌う!泣く!叫ぶ!映画『勝手にふるえてろ』予告映像 - YouTube(妄想爆発のこじらせ喪女の日常をここまで的確に描いてくれてありがとうby元こじらせ喪女)

Trailer 腑抜けども、悲しみの愛を見せろ (2007) 吉田大八 - YouTube(やっぱ人間って汚ぇ〜〜って思えるから好き笑)

『ジョゼと虎と魚たち』劇場予告編 - YouTube(1つの素敵なラブストーリーの中には100個くらいこの作品と同じ現実のラブストーリーがあるんだろうなと思わせるTHE現実)

 

今月中にPLAN75にも出演していた磯村勇斗さん出演の「月」を映画館に観に行こうと思ってます。

これもなかなかエグそうで楽しみ。

www.youtube.com

ちなみに夫は結構な映画好きですが洋画しか観ずアベンジャーズシリーズが好きなタイプなので

映画の趣味合わなすぎて笑う。我が夫婦こういったところの趣味が本当に合わない(笑)

 

嫌いなものの話

嫌いなもは何?と聞かれたときに必ず「虫」「寒いの」「綺麗事」と言ってます(笑)

綺麗事が嫌いな理由はさっきもちょこちょこ書いたんですが、最近の世の中って潔白主義やしませんかね。

少しでもおかしいことや多数の意見と異なることがあるとたちまちSNS総出で大炎上。

みんな叩かれるのが怖くて綺麗事しか言えなくなってる風潮を感じます。

 

あと日本だけなのか分からないけど「臭いものには蓋」理論がすごく強いなと感じます。

性神話もそうだけど、世間的になんだか都合が悪いものにはやたらとキラキラした幸せなイメージを植え付けてごまかしてる風潮。

もう〜〜そういうのがめっちゃ嫌いです。

 

そもそも「綺麗事」って物事の大事な判断をしなきゃけないときにめちゃくちゃ邪魔なんですよね。

それも嫌いな理由の一つです。

なので私はなにか大きな決断をしなきゃいけないとき、絶対最初に「徹底的に綺麗事を抜く」という作業をします。これがなかなか難しい。

 

例えば就職先を決めたときのことです。

私は東日本大震災翌年の年代だったのでやや氷河期でした。

何十枚もエントリーシートを書いて、何十社も会社説明会に行って…割としんどい就職活動でした。

そういった活動の中に身を置いてると「やりがい」だの「自分自身の成長」だのなんだか聞こえのいい言葉がたくさん飛び交います。

そんな言葉を聞き続けてるとまるでこっちまでそれが素晴らしくて正しいように思えてきてどんどん自分の判断基準が鈍ります。

 

当時私はゴリゴリの腐女子で漫画を描くのが大好きでとにかく絵を描く時間が欲しかったキモオタでした。

将来自分が社会に出てどう役に立つかとかそんなことどうでも良かった。

そんなことよりとにかくBLを描いて推しを愛でていたかった。

でもそんな気持ちじゃ氷河期の就職活動なんて到底できっこない。でもその軸だけは捨てちゃいけないと思ったんですよね。

 

結果、今の会社のスーパーに就職しました。

スーパーに入社したのも、元々スーパーでバイトをしてたので大して仕事を覚えずにやっていけると思ったから。

とにかく家にこもって絵を描いてたかったので仕事を覚える時間すらも惜しかったんですよね(笑)

あと都内で携帯片手に働いているような意識高めな人間より地方のサービス業でスニーカー履きながら働く方が人嫌いコミュ障陰キャには向いてると思ったから。

あとは社会がどうなっても「食べること」だけは皆やめないだろうからそれに携わっときゃ安泰な気がするから。

というなんともやる気のない理由での入社でした。

 

でもそれくらいやる気のない理由で選んだからこそ今まで辞めずに続けてこれました。

もちろん高給取りではないですが地方で暮らすには正直十分です。

小売業で当時から社会的に「底辺」と言われがちな仕事なのも自覚してましたが、

コロナ禍をきっかけに「エッセンシャルワーカー」なんて呼ばれ方をするようになって見え方なんて時代と共にすーぐ変わるんだなということも実感しました。

コロナ真っ只中は社会が混乱してもなくならない仕事にしといて良かった、とさえ思いました。

もし就活時に色めきだった言葉に踊らされ「綺麗事」を優先した仕事に就いてたら今頃ロクなことになってなかったんじゃないかなぁと思います。

 

仕事選びについては上手くいったけど他のことでは綺麗事に惑わされて失敗したこともたくさんありました。

もうそれが嫌でどうしたら納得できる選択ができるか考えた末に手に入れたコツが「徹底的に綺麗事を抜く」でした。

それくらい世間には「これが素晴らしい」「これが素敵」といった均一の価値基準に基づいた綺麗事が溢れてます。

どんなに周りに伝えたらヤバイなと思う気持ちでも自分の直感で浮かんだことが正しいし、それに従った方が結果うまくいく気がします。

それくらい「綺麗事」って邪魔なので嫌いです。

 

だから「子供を作ろうと思った理由」も徹底的に綺麗事を抜いた思いから下した結論だったりします。

「孫の顔を親に見せてあげたい」とかそういった理由は何一つないです。

世間的に見れば「なんて酷い女」って理由もあるかもしれないけど、それくらいの理由がないと踏み切れなかったし、後悔するだろうなという思いが大きかったです。

後悔してからの方が大変だし面倒だし厄介ですしね。

理由はいつかブログに書くかもしれないし書かないかもしれないです。

 

今実際妊娠してても「お腹の子の意思など全く関係なくどんどん"命"が成長していってるなぁ。子の意思が全く介入してない分、やっぱり妊娠・出産は親のエゴというのは一理ある。

こりゃ綺麗事なんて柔い意思だけじゃ到底乗り切れんわ」と思います。

 

綺麗事を抜いたしんどい現実見続けてる方が「生きてる」って実感できて性格的には向いてるんだと思います。難儀な性格とは思うけど(笑)

そんなことを映画を観ながらふと思ったりした休日でした。

 

なんだかヘビーな内容になってしまった(笑)コメディも好きだよ^^^^^^

ではではかしこかしこ。

 

 

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