どうもどうもしらすです。
慣らし保育期間中にやりたいことのひとつとして「地元探訪」を挙げていました。
それをなんとか慣らし保育終了2日前に滑り込んでやってきたので今日はその話をば。
↑記事にも書いてあるので二重の説明にはなってしまうんですが
私は産まれたときからずっと賃貸に住んでいて、高1のときにそれまで住んでいた町とは別の町の一戸建てに引っ越しました。
当時住んでいたアパートはとっくに取り壊しになったので、一番多感な幼少期を過ごした町にはもうかれこれ20年近く訪れたことがありませんでした。
当時の実家がない、というのが大きな理由ではあるけど
小中時代は「イジメ」「からかい」「コンプレックスとの戦い」「幼さゆえの失態」等がギュッッッと詰められていて正直良いイメージがあまりありません。
高校入ってから「人生第2章」が始まったと思ってるくらいには小中学生までは「黒歴史」という印象が強いです。
思い出すときの色(?)もいっつもモヤがかったモノトーンだし。
だからなんとなく行きたくもなかった。
でもこのたび子供が産まれて、これからは息子が小学校中学校と人生の道を歩んでいくことになります。
そのときに私は親として「自分の小中時代の黒歴史イメージに引っ張られた教育や声掛け」をしてしまうんじゃないかってすごく恐怖心があったんですよね。
だから大人になった状態でもう一度自分の幼少期を過ごした町を訪れて記憶の上塗りをしたかったんです。
きっとあの頃とは見える視点も随分変わってるはずだろうなと思って。
ということで先日行ってきたのでそのときのレポを!
私が幼少期に過ごした町のこと
その町は今の実家からすると電車で10〜15分程度。
私が今住んでる自宅からだと電車で40分程度の距離にあります。
田舎…とまではいかないけど確実に都会ではない。緑はそれなりにあるけど山はない。
「郊外」という言葉が一番しっくりくるような場所です。
駅から私が元々住んでたアパートまでは自転車で15分程度。
今回は駅前でレンタチャリを借りてサイクリングをしてきました!
(車やバイクという選択肢もあったけどどうしても昔と同じ交通手段で廻りたかった)
今回巡った場所は駅周辺・元実家(アパート跡地)・小学校・中学校・当時遊んでいた公園・分かる範囲でのその当時の友人の自宅(勝手にごめんという気持ちはある)あたりです。
色々巡ってみた感想
その駅に降り立つのもその町を廻るのもそれこそ約20年ぶりです。
月並みな感想だけど変わってるものもあれば変わってないものもありました。
まず駅前周辺で一番感じたのは変わってしまったお店は大体が整体院か老人用施設になってることでした。
20年前を知ってるからすごく分かりやすかった。これが時代のニーズというやつ…。
そして駅前を通り過ぎ住宅街に入るとホンット〜〜〜にどこもかしこも家になってるな!?って思いました。
360度どこ見回しても一戸建てだらけでなんだか通るだけですごく窮屈で息が詰まりそうでした。
昔空き地だったところも畑だったところもどこもかしこもぜ〜〜んぶ家!
こんだけ少子化少子化言われてるのになんでこんなに家建ててんの!?誰が住むの!?って感じでした。
あまりにも一戸建てラビリンスすぎて何回も道に迷ってしまいました。
かろうじて昔もあった建物を頼りに方向感覚を掴んでた感じです。
それでも細い路地をぶった切って突然大きなバイパスとかできてて本当迷子になった😂
それくらい住宅街は変わってしまっていました…というかほとんどが家になってた。
ちなみに私の元アパートも今ではお城みたいに立派な家が建っていました。
当時のアパートのベランダからは何100mも先まで見える広〜い畑があったのですがそれも全て家になってました。
よくうちの猫が畑でオシッコしてるのをベランダから見てたんだけどなぁ…。(平成初期の話だからコンプライアンス許せ笑)
今やその面影は皆無でした。
母校の小学校も周りは全て家に取り囲まれていて、これじゃ校庭から見える景色は全部家じゃないか…って思いました。ここも畑があったのになぁ。
遊んでいた公園はことごとく遊具に規制テープが貼られて遊べないようになってました。
ブランコも取り外されてたり。…え?今ってそういう感じになってんの…?🫨
事件でもあったのか(多分ないと思うけど)治安や騒音問題からなのか…。
今現在の私はこの町よりももっともっと田舎に住んでるので(笑)公園も遊具もあちこちにたくさんあるんですが、これが「郊外」と「田舎」の違いなのか。
あと昔の友人の家もちらほら素通りさせてもらいましたが、ものすごくイヤラシイんだけど大人になったからこそ見えてきたものも多々ありました。
やっぱこの歳になると家の価値とか土地の価値も分かってくるじゃないですか。
当時ものすごくイジメられてた子があちこちに土地持ってる地主だったり。
「苗字変わったんだ〜」って言ってた子の家はもうなくなってたり。
あのとき起きてたイジメや仲間はずれ。
そしてそれぞれの子達が住んでた環境や家から垣間見える家庭環境。
20年も前の出来事の点と点が線として繋がっていったような感覚を覚えました。
小学生の自分には決して気付けなかった。
大人になって、自分が親になって、親の目線が分かるようになって、見えてきたものがたくさんありました。
あのときは「なんで?」って思ってたけど起こるべくして起こったことも実はたくさんあったんだろうなぁって思いました。
廻ってみて感じたこと
まずこの地元探訪ツアーを敢行するにあたり、おそらく1日仕事になるだろうなぁって腹括ってたんです。だから慣らし中に行かなくちゃ!!って。
15歳まで過ごした町を見て廻るんだから最低でも半日はかかる大作業になるだろうって思ってました。
それがね自転車で1時間半で廻り終えちゃいました。
もちろんいくつかポイントを絞って何もかも全部廻った訳ではないから…とはいえまさかこんなに早く廻り終えるとは思ってもみませんでした。
そこで気付いたんですよね。
幼少期の私はこんなに狭い世界で生きてたんだなぁ、って。
イジメで悩んだことも
男子からのあからさまな容姿揶揄に傷付いたことも
悪ぶって夜遅くまで公園でたむろしてたことも
たかが自転車1時間半で廻り終えるような小さな小さな世界の中だけで起こってたことだったんだ…って痛感させられました。
道中自転車で廻ってるときも「ここから次は中学校に行ってみるか。結構遠いなぁ」なんて思ってたのにいざ漕いでみたら意外とあっさり着いちゃったり。
小中学生の頃の距離感と今の自分との距離感にかなり乖離があることを思い知らされました。
あの頃の私にとって「遠い」と感じていた場所は今の私からすれば「びっくりするほど近い」場所だった。
当時あの町を「狭い」なんて感じたことなかった。あれが自分の世界の全てだった。
でも30も越えた今の私からすればそれは間違いなく「狭い世界」だった。
今回一番胸に刻まれたことがこの気付きでした。
あともうひとつ感じたのは意外と感傷に浸ることはなかったなということ。
それなりに色々あった幼少期を過ごした町を20年ぶりに訪れるのだから当時の感情に引っ張られて多少しんみりするかなって思ってたんです。
でもね、なんか全然そんなことなかった。
町が変わりすぎていたというのも一つの理由だとは思うんですが、町同様私自身も「もうあの頃とは全く違うんだ」って逆にすごく思い知ったんです。
前述したように当時の出来事があまりにも狭い世界で起こっていたと分かれば分かるほどどんどん気持ちが客観的になっていきました。
あの頃の自分にとっては脳内全てを支配されるほどに辛かったこともあったけど、今にして思えば大したことなかった。
あんなことに脳内を支配されてたなんてもったいない。世の中にはもっと面白いことがいっぱいあるのに。
それに気付けている今の私にとっては「当時の私」も「当時のあの町」も、もう"今"とは交わらない"完全な過去"になってることを実感しました。
川沿いを走っていると保育園児たちのお散歩に遭遇しました。
先生数人に連れられ、よくある台車に乗って、みんな思い思いに川の景色を楽しんでいました。
ふと「息子も今こうやってお散歩してたりするのかな」って思ったら急激に気持ちを『今』に戻されたような感覚になりました。
そしたらね、なんか「こんな所にいてもしょうがないな。もう帰ろう」って思っちゃって、そのまま踵を返して駅に戻りました。
まとめ
私は大人になっても不安になったり落ち込んだり気持ちがマイナスな方に傾くとどうしても幼少期の思い出を引っ張ってくるクセがありました。
当時「ブス」と言われたことがきっかけで何をしても根本的に「自分はブス」という意識が抜けなかったりだとか。
でもそういうのもうやめようって思いました。
行ってみて気付いた。
あのときの私と今の私は全然違う。
それくらいあの町もあの頃の自分も遠くかけ離れたものになっていると感じました。
それこそあれから20年近く寝て起きてを繰り返してるんだもの。
もう細胞も全部入れ替わってるでしょ!もはや別人!って思えるようになりました(笑)
だからこれ以上嫌な思い出を未来の自分に引き継ぐのは終わりにしようと思いました。
容姿だって確かに今も「可愛い」ではない。でも「ブス」ではないかな!普通だと思う、普通!(笑)
そしてそう思えたことで、幼少期の良くない気持ちを息子に引き継いでしまう可能性もだいぶ減ったような気がしました。
これからあの子にはあの子の幼少期が待っている。
私の幼少期とは全然関係ない人生が待っている。
そんなの当たり前じゃんって思うかもしれないけど無意識で変に重ねてしまう場面が出てきちゃいそうで不安だったんよホント(笑)
今私たちが住んでいる町があの子にとって「幼少期を過ごす町」になります。
彼がこれからなにかで苦しんだとき無意識に「この町が世界の全て」だと思わないように、
30年後この町に帰ってきたときに(いやずっとこの町にいる可能性もあるけど)
苦い気持ちにならないように、「変わってないもの」をひとつでも残しておけるように。
そんなことを思った1日なのでありました。
本当に駆け込みだったけど行って良かった。行って良かったと思います。
そしてなにか用でもない限りもう二度と行くことはないかなと思いました。

一応のバレ防止でぼかし。よく遊んでた公園。
ではではこのへんで。
かしこかしこ〜〜👋
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