おこんばんはしらすです。
今日はついに子の口蓋形成手術が終わりましたのでそのことについて書きたいと思います。
前回の入院手術は1日ごとに細かくレポートを書いてたのですが今回はメチャクチャ長くなってしまったんですが7本立てで振り返るよ!
なんの手術をしたのか
以前から読んで下さってる方はご存知かと思いますが子は【口唇口蓋裂】です。
唇や上顎がうまくくっつかず裂けた状態で産まれてくる先天疾患です。
発症率は500人に1人といわれていて赤ちゃんの先天疾患としては最も数が多い疾患です。
子は生後3ヶ月のときに離れていた唇をくっつける口唇形成手術を行いました。
そして1歳5ヶ月となった今回は唇同様、上顎も裂けている状態だったのでそこを縫い合わせる手術を行いました。
口唇口蓋裂は成人するまでに大体6〜7回手術をすると言われていますが今回がその2回目の手術となりました。
入院・手術の流れ
入院期間は1週間。
全身麻酔を用いるため手術前日から入院しました。
入院2日目となる日に全身麻酔で裂けていた上顎を縫い付ける手術を行いました。
術後すぐは麻酔の関係で舌が落ち込んで窒息する恐れがあるためPICU(小児集中治療室)に1泊することになりました。
その後、一般病棟に戻り5日間過ごしました。
最初の4日間は鼻から直接チューブで食道に栄養を送る経管栄養で過ごしました。
また口元を触らないよう腕には抑制筒というトイレットペーパーの芯みたいな筒をつけられ肘が曲げられないようになり、手元にはミトンをつけられました。
付き添いがいない状態になると手は紐で縛られ、完全に拘束された状態になりました。
退院2日前から徐々に経管栄養からペースト食に移行。
退院後1週間は自宅でもペースト食が続き、最近やっと通常の食事に戻り今に至ります。
簡単な入院手術の経過はこんな感じ。
入院するまでが大変だった…
さぁ入院中の話をしようじゃないか!…の、その前に入院するまでがま〜ぁ大変でした。
何が大変って体調管理との戦いでした。
保育園に通ってる1歳児が体調万全パーフェクトで手術を迎えられるなんて土台無理な話なんすよ!!!(笑)
保育園通い出してから咳鼻水くしゃみetc...症状が一切ないパーフェクト元気な日なんて月に3日あるかないかですよ…
元々入院1週間前から体調を整える為に保育園は休ませるつもりだったんですが、体調を崩してそもそも入院2週間前から保育園には行けなくなりました😇
ここでも猛威を振るう保育園の洗礼。
なんとしてでも無事手術ができるようこの2週間は小児科に行く以外ほぼ一切外出せず完全引きこもり状態を貫きました。
(ちなみにこの時点で10日近く私の有休は消える😇)
約1歳半の子供と2週間どこも外出せずの付きっきり引きこもり生活…控えめに言ってもめちゃくちゃしんどかったです。
この2週間の間に発熱し、咳が悪化し、喘息様気管支炎と診断され、やっと良くなってきたと思ったら今度は中耳炎になり…次から次へと襲いくるウイルスの猛威。
解熱後は咳があったにせよ子は元気だったのでとにかく外へ行け!遊びに行け!の猛アピール。
しかし無事入院するまではお籠もりと決めてたので「ごめんね。お外には行けないんだよ」と拒否。
1歳半に説明したところで当然理解できるはずもなく「なぜ外へ行けないんだ!!?!」と大癇癪。
いやもう私だって外に出たい!!外出したいよ!!?
子も私もストレスで限界寸前でした。
外出できないストレスももちろんですが、
「もしかしたら手術延期になってしまうかもしれない」というプレッシャーに晒され続けたことが個人的にだいぶしんどかったです。
今回の手術は今後の発音・発語に大きく関わるので本格的に喋り出す前の今の時期にどーーしてもやりたかったんですよね。
しかし入院1週間前に発熱症状があると手術延期になってしまうのですがしっかり38度あって結局手術は延期が確定しました。
このときの絶望感たるや筆舌尽くしがたいものがあったよ本当に…。
ましてや主治医は口唇口蓋裂の名医。おそらく超忙しい。
次に手術できるのは一体いつになってしまうんだ…と途方に暮れていました。
しかしここで神展開。
奇跡的に本来の手術日の4日後に手術の空き枠があるとのこと。
あと4日で体調を万全に整え、なんとしてもそこで手術しましょうとのことでした。
その後精神的に本当に気の抜けない4日間を過ごし、なんとか4日延期した日に手術することができました。
手術室に連れて行かれる子を見送るとき、もちろん「無事成功しますように」という不安な気持ちもありましたが
同時に「やっと終わった…やっとこの瞬間を迎えられた…」という安堵の気持ちでいっぱいでした。
マジでここに来るまでが本っ当〜〜に大変だった…
入院してからももちろん大変だった…
前回の入院手術は生後3ヶ月のときでした。
まだ寝返りもできず、寝てる時間も長く、子も色々よく分かってない時期だったので大変だなんだ言っても比較的スムーズに乗り越えられました。
しかし今回は1歳半です。
寝返りどころか歩けるし(入院前日に突然歩けるようになった笑)、生後3ヶ月時に比べれば日中全然寝ないし、「自分が何をされるか」少しずつ分かり始めてる時期。
まぁ〜〜大変でした。
例えば前回手術室に連れて行かれるときは何が何だか分からずキョトンとしてましたが
今回はママパパと離されて、知らない人に連れて行かれて、これから何をされるか分からない恐怖で号泣号泣大号泣。
そりゃ本人の立場に立ってみたら怖いに決まってるよね…
前回の入院に比べてこちらも胸が痛くなる場面が今回は多くありました。
良い意味で捉えるとそれだけたくさん成長したってことなんだけどね。
※この先ちょっと痛々しい表現があります。
手術当日は13時過ぎに手術室に入り、私たちがPICUにて子に再会できたのは18時過ぎでした。
術後の痛みでパンパンに腫れた顔。
口の手術なだけあって唇は更に大きく腫れ上がり閉じることもできない状態でした。
うつ伏せの状態で手足は拘束され、口元のシーツにはおびただしいほどの血が滲んでいました。
まだ麻酔が抜けきれてないのか意識は朦朧としていて、泣くか寝てるか唸っているか…という感じ。
段々と意識がハッキリして私たち両親に気付くと声をあげて泣き、抱っこをせがもうとしますがたくさんの管に繋がれた上に拘束されているので叶いません。
私たちも「よく頑張ったね」「偉かったね」と頭を撫でながら声をかけてあげることしかできませんでした。
また、私たちの病院では付き添いは9時〜21時までと決まっています。
入院中21時までに寝てくれればそーっと病室を後にすることができますが、寝てくれなかったときは悲痛でした。
手足を拘束された状態で子が「行かないで!」と泣き叫ぶ中、病室を後にしなければならない日もありました。
我が子が泣き叫んでるのにそれを背にして離れなければいけないときはさすがにこちらも涙が溢れました。
いやあれは本当にキツかった…子も親も精神的にしんどいことばっかりでした。
さすがの私でも24時間付き添ってあげたいと願うほどでした。
PICU(小児集中治療室)での出来事
前述したように術後はすぐにPICUに運ばれ、最初の面会はPICU内で行いました。
こういう言い方するのもあれですが我が子が疾患を持っていなければ人生で決して足を踏み入れることがなかったであろう場所だと思います。
正直ドラマの印象しかなかった場所に実際に入ることへの、なんか…緊張感みたいなものもありました。
この部屋にいる(うちの家族を含めた)子供たちや親御さんたちはドラマのフィクションなんかじゃない。れっきとした"現実"なんだって。

PICUでの付き添いは私と夫の2人でいたのですが、翌日夫は仕事があるため19時頃に退散。
19時以降時間上限の21時までは私一人で付き添いをしました。
20時半過ぎに子は寝たのですが、術後直前ぐらい寝てたとしても最後まで付き添おうと21時ギリギリまでPICUにいました。
20:59さて帰ろうと荷支度をすると、私の他にもう1組時間ギリギリまで付き添われてたご夫婦がいました。
おそらく20代前半。
奥さんの方は見た目完全に派手派手なギャル。
旦那さんの方は半袖から見える両腕全てに刺青が彫られているヤンキー風の青年。
傍にはうちの子同様たくさんの管に繋がれた生後3〜4ヶ月程の赤ちゃん。
(あまり見ない方が良いんだろうけどパッと目に入ってしまって申し訳ない…)
いやーーーーーなんかね。
なんかすごく…なんていうんだろう…言葉にならない感情になった。
これは思いっきり私の偏見なんですが、そういう若いヤンキーギャル家族ってみんな健康で
休日はバンバンBBQしてワイワイ騒がしくてアルファード乗り回して(笑)
こういう"病"や"障害"とは無縁みたいなイメージがどうしても…どうしてもあったんです。
(自分が陰キャだからこそ余計陽キャへの偏見イメージが強いのもある笑)
でも全然そんなことなかった。
"現実"は等しく"現実"なんだなってすごく思い知った。
若い夫婦にも高齢の夫婦にもどんな家族にも等しく病気や障害をもった子が産まれてくる可能性はある。
ネットではよく「高齢出産だから障害ガー」なんて声高に言ってる無知な人がいっぱいいますが
統計的に見れば確かにそうなのかもしれないけど、現実はそんな単純なものじゃないっていうのを見せつけられました。
と、同時に世間的にあまり良いイメージを持たれにくい見た目だからといって必ずしもイメージ通りなんかじゃないということ。
確かにコワモテで明らかに遊んでそうな見た目の2人でした。
でも面会時間ギリギリまでモニター音だけが静かに響くあの部屋で静かに我が子の手を握ったり頭を撫でたりたくさんの愛情を注がれていました。
一瞬でも偏見の眼差しを向けてしまった自分がものすごく恥ずかしくなりました。
子供を望む様々な夫婦のもとに等しく様々な子が産まれてくる。
そして夫婦や家族の数だけその子に向けられた様々な愛情の形がある。
当たり前のことなんだけど分かってるようで分かってなかったなぁと痛感しました。
そんなことに気付けるキッカケをくれたのもまた自分の子供が口唇口蓋裂という病を持っていたからなんですよね。
確かに大なり小なりハンデがある子を育てるのは大変です。
でもその分、学べることや気付けることが多いのもまた確かよなぁと改めて思った出来事でした。
父と子の絆が深まった
ちなみに前回入院時は私が育休中なこともあって全日私が付き添って、夫は仕事の休みが取れた期間だけ付き添うような形でした。
ただ、もうお互い仕事してますのでなかなかそうもいきません。
今回は入院前の引きこもり期間は私ががっつり休みを取ったので入院中はほとんど夫が休みを取って子に付き添うような形になりました。
一般病棟で夫と子だけで4日間くらい一緒に過ごしたのかなと思います。(その間、私は仕事)
普段育児に積極的な夫でもここまでがっつり1対1で子に向き合った期間はおそらく初めてでした。
経管栄養や点滴の管がいっぱいついてる中でのワンオペお風呂。
抱っこの制限解除されてからはベッドに下ろすと泣くため丸一日ほぼ抱っこ状態。
病棟内から出ることは禁止されてるため抱っこしたまま病棟内を何十周も散歩。
「置いてかれ不安」が加速していたためトイレ行くにも号泣。椅子から立ち上がるだけでも号泣。
まともな机も椅子もない病室でのペースト食の介助。
…想像するだけでも「ご苦労様です」だよね(笑)
どれもこれも夫1人で頑張り抜いたそうです。
自分のお昼を食べそびれることもあったし「抱っこしすぎて腕の感覚が全くない」と呟いておりました(笑)
そのため何度か私が仕事終わりに面会に来ても子は泣くこともなくケロっとした顔。
「ママに会いたかった感」はゼロ(笑)
なんなら私が抱っこしようものなら「パパがいいいいいい😭😭😭」と大号泣。
夫もこの4日間で相当鍛えられたのか、管や抑制筒がつきながらの着替えやオムツ替えもお手のもの。
子がグズったときも「こういうときはこうすればいい」とアドバイスしてくれてテキパキ泣き止ませる凄腕ぶり。
周りが騒がしく病室内での寝かしつけってすごく難しいんですがタイミングを見計らって電気を消したりベッドの柵を上げたり、慣れた手つき。
なんだか4日前とは別人のようになってました。
今まで看護師さんにも絶対質問したりするようなタイプじゃなかったのに分からないことは積極的に聞いたりしていて正直驚きました。
保護責任者が自分1人しかいない状態で孤軍奮闘し、鍛えられたのでしょう。
父親として"強く"なってた(笑)

元々家事はできるし育児もここまでできるのならもう私という存在いらなくね?って思うくらいでした(笑)
育児って「自分以外やる人が誰もいない」って追い詰められて初めてできるようになることがいっぱいあると思ってて。
育休中はどうしても私の方が子と2人きりで過ごす時間が長く、そうやって追い詰められることも多かったと思うんですよね。
だから夫にもその「追い詰められ感」を少しでもいいから経験して欲しかった。
「同じ辛さを味わえ!」って気持ちもなくはなかったけど(笑)
それよりは「しんどくてもその先も子と向き合わなければいけないことで初めて見えてくるものがある」のを知って欲しかった。
入院手術っていう「大変なことだらけだけどその分得ることも大きい」一大イベントを私と子だけの思い出にしたくなかった。
この入院期間のことを夫に尋ねたら「さすがに疲れた。でもずっと息子と一緒にいられて良かった。達成感がある。」と話していました。
私が面会に来てもずっと「パパ!パパ!パパ!」のスーパーパパっ子になってる子を見て
夫は「もう勘弁してくれ〜」と苦笑いしながらも内心やっぱり嬉しそうだったのがすごく印象的でした。
私の知らない「夫と子だけの思い出や絆」がたくさんできた証なんだろうなぁと思います。
夫には大変な役回りをやってもらって申し訳なかったなと思いましたが、今回の付き添いをほぼ夫に託したのはやっぱり良かったなと思いました。
逆に言えば夫がこんなにも「育児」に向き合ったんだから私も私でもっと「家事」に向き合わなきゃなぁと思います………頑張る……。
口唇口蓋裂という病気
前述したように口唇口蓋裂は500人に1人の割合という比較的発症率が高い先天疾患です。
何千人に1人とか何万人に1人の難病ではありません。
口腔内や鼻に障害がありますが、命に関わるものでもなく一般的には「治る病気」だと言われています。
私は子の「口唇口蓋裂」という病を隠すつもりは一切ないので、話す必要がある場合には周囲にも包み隠さず話しています。
そのときよく言われるのが「でも"治る"んだもんね。なら良かった」「命に関わることではないんだね。それなら良かったね」と。
確かにそうです。
美醜面を考えると「完璧に治る」という言葉は語弊がありますが通常生きていく上での機能面としては治療法が確立されている疾患です。
世の中には余命宣告をされていたり、常に命の危機と隣り合わせの病気を抱えてる子供達もたくさんいます。
それこそ私たちが通ってる小児病院にもそんな子達が数多くいます。
そういった子達に比べれば命を脅かされないだけ「良かった」と言える病なのかもしれません。
もちろん励ましや労いを込めてそういった言葉を言ってくれてる意図も分かります。
でも当事者家族として今回2度目の入院手術に付き添って思うことは
「そうは言ってもまぁまぁ壮絶ですよ」ということです。
なんの疾患もなければ何回も全身麻酔をかけられることも、血だらけで顔中腫れ上がることも、
手足を拘束されてママパパに置いていかれることも、夜中の病棟で泣きながら1人過ごすこともないわけですよ。
確かに命には関わらないかもしれない、適切な治療をすれば治る病気なのかもしれない。
でもそこに至るまでの過程はやっぱり平坦なものではありません。
それくらい息子は本当にホンットーーーーーーによく頑張りました。
怖かったことも寂しかったことも辛かったことも痛かったことも星の数ほどあった1週間だったと思います。
たった1年半しか生きていない小さな体でよく耐え抜いたと思います。
頑張り屋の息子を心の底から誇りに思いました。
「こんな目に遭わす体に産んでごめんね」ってメソメソなんかしてられないくらい懸命に頑張ってくれました。
だったらこちらも泣いてる場合じゃありません。
本人が納得いく形での「完治」を目指すまでどこまでも付き添ってどこまでも寄り添う以外に私たちのやることはない!以上!という感じ。
この記事をきっかけに少しでも多くの方に「口唇口蓋裂」という病気を知ってもらえたらいいなと思います。
だーーーっ!!!(息切れ)
すっごく長くなっちゃったので2記事に分けようかなと思ったけどこのまま載せちゃう!
ここまで読んでくれた方はありがとうございました。
ではではかしこかしこ。

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