どうもしらすです。年の瀬ですねぇ。
毎年やってる1年の振り返りを例に漏れず今年もやっていこうかなと思います!
⇩ちなみに過去2年分の振り返りも載せときます(笑)
torikawaparipari.hatenadiary.jp
お気持ち発散ブログなので割と素直な気持ちを赤裸々に吐き出していくよ〜!
1月
妊娠36週。
年明け一発目の妊婦健診で「おや?血圧高くね?ちょっとやばくね?」と言われ、あれよあれよとまさかの管理入院。

口唇口蓋裂に加え、妊娠高血圧腎症による胎児発育不全と診断され病みに病みまくる。
とかなんとかやってる間に息子爆誕。
今までの人生がひっくり返る波乱の毎日の幕開けです。
2月
緊急帝王切開だったため10日間の入院を経て無事子と共に退院。
そのままの足で実家へ里帰りしました。
7年ぶりの(1ヶ月限定ではありますが)実家暮らしがスタート。
3時間ごとの頻回授乳。
(疾患上、直母は無理だけどこの頃はまだ搾乳してた)
2時間寝られればいい方の慢性睡眠不足。
加えて生後10日から始まった片道1時間越えの口唇口蓋裂病院への週1通院。
夫は仕事、両親は免許返納のため車運転できず。
首も据わってないフニャフニャの赤子を連れて全く寝てない私による地獄の週1ドライブ。
(2月だったので雪も降っててヒヤヒヤしすぎて気狂いそうだった)
もう何もかも訳がわからん状態でした。
むしろこの訳わからなさのお陰で乗り切れたような気がする。今なら絶対無理(笑)
正直この頃はあまりの大変さに「やっぱり子供なんて作るべきじゃなかった…!失敗した!時を戻したい!!!」と毎日のように思ってました(大本音)
あの頃は「子供可愛い」と思えたことすらなく「8時間寝たい」以外の感情は何もなかった気がする。
それくらい精神的にも体力的にも文字通り壊れてました。
深夜3時に全く寝ずに泣き続ける我が子を抱いて、
こちらも泣きながらずっと子守唄のアジカン(?)を歌ってたことだけ覚えてます。
カオスすぎる。
3月
1ヶ月の里帰りを経て自宅へ帰宅。
ですが自宅に帰って1日目で日中ワンオペが嫌すぎて号泣したり(笑)
膝上に思いっきり💩ぶちまけられて号泣したり(笑)
相変わらず何もかもしんどすぎてずっと泣いてました。今なら笑い話。
色々しんどいのはしんどかったんですけど3月になって陽気も暖かくなってきたので
眠かろうがつらかろうがとにっかく毎日散歩に行ってました。
真冬のひきこもり育児が続いてたので外に出たくてしょうがなかったんですよね。
毎日毎日ベビーカーを押しながら同じ道をグルグル回って返答のない息子に独り言のように話しかけまくっていました。
ある日、今日は気分を変えて河原を散歩してみようと歩いてたら
川のせせらぎや木々の擦れ合う音に反応したのか子が生まれて初めて喃語を喋りました。
初めて「泣く」以外のレスポンスが返ってきて感動したのを覚えています。
とはいえこの時期は完全に産後うつ状態で、今思い返してみてもとても普通の状態ではありませんでした。
慣れない毎日+口唇口蓋裂ケア+核家族育児+「母」になったことへの抵抗感+慢性睡眠不足=😇
フラフラになりながらファミサポに助けを求めたらファミサポスタッフさんが
「よし!明日私と支援センターに行こう!」と誘ってくれてまだ唇が割れてる状態ではあったものの生後2ヶ月にて支援センターデビュー。
4月
桜が咲きました🌸
気持ちが少し軽くなったのを覚えています。花の力はすごい。
近所の神社に咲いてた桜の木も満開で、花散る木の下でちゃんと花が見えてるかどうかもわからない息子に向かって
「綺麗だね。あなたに会えて良かったよ。また来年も同じ場所で同じ桜を見ようね」と話しかけて泣いたのを覚えてます。
生後3ヶ月も過ぎ、少しずつ少しずつ子供に気持ちを向けられるようになってきているところでした。

4月の後半には息子も首が据わってきて笑顔を見せてくれることも増えてきました。
義実家で簡素なお食い初めもやったよ。

5月
5月はついに口唇縫合手術を行い、10日間入院しました。
レポートは以下にあるのでここでは割愛。
まだまだ小さな生後4ヶ月の体で2度の全身麻酔。点滴や経管栄養等…管だらけの入院生活。
もちろん私たちも医療ケア宿泊施設にて10日間つきっきりの生活。
本人を筆頭に大変は大変だったけど、私としては親としての自覚・子供への想いその他諸々の感情や覚悟がものすごく染みついた10日間でもありました。
この入院・手術を境に育児に対してマイナス発言ばかりしてた私も、かなり気持ちが変わっていったように思います。
6月〜7月
入院・手術が終わり、唇も無事繋げてもらったことで家族皆「とりあえず一段楽終わった…」という気持ちでいっぱいになりました。
(まぁ18歳までまだまだたくさん手術はあるんだけどね・・・・・・・)
ここからは少しずつお出かけも楽しむようになっていきました。
子を夫に預けて何度か1人時間を楽しむこともさせてもらいました。
そして離乳食が始まりました。

新たな戦いの幕開けです。
新生児のときは正直訳のわからない謎の生物でしかなかった子も(言い方)
この頃には声を出してケタケタ笑ったりだいぶ人間らしくなってきました。
8月〜9月
携帯のデータフォルダを元に振り返ってるのですが8月は特に大きなことはしてないっぽいですね。
とにかく離乳食の写真ばかりあってひたすら離乳食に追われてた記憶が…(笑)

⇧写真はまだ2回食なのでこれでも今思えばゆとりがある方でした。(3回食 ほんと キチィ 笑)
この時期は毎日暑過ぎて散歩や外遊びも満足にできず、あまり外出してなかったように思います。
まだやっとずり這いし始めたかなくらいの時期だったので支援センター行ってもあまり遊べなかったような…。
9月末には子が人生初の発熱をしました。これが9月一番の事件だったかも。
数日熱も下がらず、39度以上まで上がって、目も虚ろで苦しそうでした。
赤ちゃんの立場で見たら「熱」がなにかも分からない状態で急に体が熱くなってしんどくなるってきっとめっちゃ怖かったろうなぁ…。
夜にはミルクも飲まなくなってしまい、夫と共に夕飯も食べず夜間救急に駆け込みました。
最終的には熱も下がり、元気になりましたがあのときはもう〜心配やら何やらで夫婦ドタバタでした。
夜間救急から帰って落ち着いたあと23時にやっと食べた日清のカップヌードル。
これからどんなに子が大きくなっても夫婦2人で夜な夜な食べたあのカップヌードルの味はずっと忘れないんだろうなぁとぼんやり思いました。
「はじめての子の発熱」という緊急事態にたくさんの選択・決断・行動をしたお陰で
(もう病院連れてく?もうちょっと様子見る?汗かいてる…起こしてでも着替えさせるべき?まだ寝かせとく?とかとか誰も教えてくれない正解の分からない問いをめっちゃくちゃしまくった)
私たち夫婦の親スキルもまたひとつレベルアップしたような気がしました。
あと体調悪い子自身が一番辛いのは当然なんだけど看病側もなかなかに辛いということを学びました。
10月
過酷な夏も終わり、子もかなり安定した睡眠サイクルになり、また9ヶ月になったことでできることも急速に増え
やっっっと産後うつから抜け出しました。
初めて子を「可愛い」とか「愛しい」とか思えるようになったのも確か10月頃だった気がします。ホントつい最近だよ(笑)
夏の間からちょこちょこ母に子を預けつつ心理カウンセリングを受けてました。
とことん内面に向き合ったことで少しずつ自分の中に「母親」というチャンネルを作っている最中でした。
⇩ちょうどこのあたりの記事を書いてる頃。
それが10月頃にようやく花開いたというか、自分なりの落とし所を見つけてやっと目の前が明るくなってきたという感じでした。
アクティブなママ友さんからの刺激も受けて「やりたいことリスト」を始めたのもこの時期でした。
少しずつ「自分」でいる時間と「母」でいる時間のバランスが取れてきて「今日は楽しかった」と思える日も増えてきました。
初の鎌倉家族旅行にも行ってきました。

11月
11月は産後うつも抜けて、気候も良くなったのでまぁー遊びまくりました。
かっこいい言い方で言うと「やりたいことリスト」をガンガン消費しまくりました。
子を連れて地元の祭りに参加したり、音楽会に行ったり、庭にテント張って青空離乳食したり。

支援センター行きまくったり、子を実母に預けて夫婦でバイクツーリング行ったり。

前々からやりたかった「地元に居場所を作る」の足掛かりとなるようなこともできたり。
鬱から抜けたらこれでもかというくらいに行動しました。
子もどんどん動けるようになり表情豊かになり色々な喃語を喋るようになり、順調に成長して行ってくれました。
12月
そして母子共々風邪をひきました。
いや急にはじけすぎ。遊び過ぎ。反省。ぶっ倒れました(笑)
幸い子も私も1日程度で熱は治った軽症でしたが、何事も加減が大事と学びました。
あと「乾燥する冬と赤子の体調不良」はうどんと七味くらい相性がいい🫠
すーーーぐ鼻たれ坊主になる。
そんなこんなで12月は少しギアを落として穏やかに過ごしています。
来月にはついに1歳を迎えます。
長かったような短かったような…うん短くはなかった!!(断言 笑)
特に新生時期3ヶ月は体感3年くらいに感じました。
死ぬほどつらかった!!(クソデカボイス)
年内はこのまま誰も体調悪くならず健康なまま年を越せたらいいなと思ってます。本当に。切実(笑)
結構長くなってしまったので2024年の感想と2025年の抱負はまた別で書こうかなと思います。
年内中に書けるかな…来年になってしまうかも。
それではかしかしこ。 あ、子が起きた。
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